「美塾」の初めてのメイクレッスンに行ってきました。
メイク初心者が受講する美塾の初級者クラスは、その名も「劇的」と名付けられています。
それは、今までわたしが抱いていたメイクの認識、常識を根本から覆すような…まさに劇的!衝撃的!なレッスンでした。
今までのメイク概念をすべて落とし、「愛するように」肌に触れていくメイク
レッスンの数日前に「レッスンの日は発表会。今現在の自分ができるベストなメイクをしてきてください」とのメールを講師の方からいただき、当日は自分なりの「きちんとメイク」をしてレッスンに臨みました。
まず最初に写真撮影。
その後、美塾についてのお話を聞き、今朝してきたメイクを落として、いよいよ本格的にメイクレッスンがスタート。
基礎化粧品やメイク用品は自分のものを使用するので、フルセット用意して持っていく。
鏡やタオルまで入れるとバッグがパンパンで重いっ。
美塾のレッスンの中で一番大切にしているのは、愛するようにお顔に触れて、愛するように化粧水、乳液、ファンデーションやアイシャドー、チークなどを塗ること。
ともすると、ファンデーションなど(クリーム状のものをわたしは使用している)を満遍なく伸ばそうと、グイグイと肌を強く引っ張る傾向にある。
しかし、レッスンではファンデーションはいつもの1/4くらいの量で、顔全体に伸ばさない。
美塾で目指しているのは最小限の量で最大限にキレイを目指している。
いくつかのポイントにファンデーションをのせて、中指のみを使って、スーッスーッというように摩擦ができるだけ起きないような方向に静かにのばしていく。
顔の骨格がどうなっているのか?それを感じながら、ファンデーションを塗ったのは初めてかも。
手に余った不要なファンデーションをティッシュで拭う時、「…え?こんなんで大丈夫かなぁ…」と不安になるになるくらいの量と薄さ。
ファンデーションが終わったら、次に眉毛。
自前の太くて真っ黒な眉毛が嫌で細く剃り込んでいたわたし。
「本当の骨格はここだから、この辺りまで眉毛があったのですね。…もう少し生やしていきましょうか」と。
先日、読んだ「毎朝、自分の顔が好きになる」という本に書いてあったことだ!
あたなはその顔で生まれてこなければ成しえない、ある使命を果たすために生まれてきた
自分の持って生まれた骨格そのまま、眉毛も目も口も形「そのまま」を大切にして活かす。
メイクの所作が美しいと、キレイな人になった気がした
ポイントメイクの中でも特に驚いたのは、口紅の塗り方。
今まで唇に直接リップスティックを押し付けるようにグリグリと口紅を塗っていたのだが…。
もちろん、そんな塗り方はNG。
紅筆を用意して筆を唇の「ふっくら」に沿って滑らせる感じで塗っていく。
わたしは老眼なので、メイクをするときに、テーブルの上に置いた鏡の他に、拡大鏡を手に持ってメイクをする癖がある。
(笑)この拡大鏡でないとキチンと見えなくて…、本当は二面鏡があったのに、片面破損して一面しか無いオンボロな鏡を何十年もメイクの時に使っている。
それを片手に持ちながら、見よう見真似で片手で筆を使って紅を塗る。
ゆっくりと丁寧に唇のラインに筆を沿わせていく。
初めての塗り方だったけれど、不思議と心が落ち着き洗われたような気がした。
「hinakoさん。所作がすごくキレイですね。何かされていましたか?」と講師の方。
猫背で、どちらかといえばいつも「姿勢が悪い」と言われることの方が多いのに…、生まれてはじめてそんなことを言われて、戸惑った。
…いえ、特に何も…。
心当たりがなくて、言葉に詰まったけれど…「キレイ」と言われてすごくうれしかった。
わたしが…というよりも、多分「美塾」のメイクの手の運び方が美しいのだと思う。
よく「美しいものは美しい場所からしか生まれない」と言われる。
例えば、一流ホテルから「美」は生まれるけれど、ガード下の飲み屋からは「美」は生まれづらい。
「美」はわたしは「品」みたいなものだと思う。
美しさが生まれる場所でしか美しさが生まれないなら、「美塾」という場所は、間違いなく「美」が生まれる場所なのだと確信した。
わたしの姿を「美しい」と一瞬でも感じる人がいたならば、その瞬間は、わたしにも「品」が宿ったのかもしれない。
毎日絶対に行うメイクを通じて、所作もお顔も「美しくなれる」修行ができるのは、すごくうれしい。
「美しさ」に上限はない
美塾のテキストに、そう書いてあった。
「美しくなろう」とすると、メイク仕方や色、ファッション、体型維持のための何か、食べ物や姿勢や運動方法やセンスを磨く何か…などなど色々ワクワクと楽しい好奇心が広がる。
今のわたし自身も、小顔のセルフケアを行い、お顔がだんだんと変化してきたら、今度はメイクを学びたくなった。
数年後には60歳になるけれど…、キレイになりたい欲求に火が点いてしまった。
もっと若いときにもっとやっておけばどんなに良かったか、とも思うけれど…、そう思ったのが「今」なのだから、しょうがない(笑)
そうか。顔だけでなく身体、所作、姿勢、心、思考、在り方…色々と「美しい」には多様な側面があり、どこまでも上を求めようとすれば求められるのだ。
なんだかそう考えると、楽しくなってきた。