空(くう)って、こんな感じかもしれない

2018年10月、アメリカのシャスタに行った時に「”空(くう)”ってもしかしたらこんな感じなのかも」という経験をしました。

…と言っても、別に一瞥体験とか神秘体験とか、そんなんではなくて。

ごく普通に景色を眺めていて、「ただそう感じた」というだけなんですけれど…(笑)

アメリカのカリフォルニア州北部にマウント・シャスタという山があります。

その山の頂は氷河と万年雪で、いつも白く、遠く離れた場所からもその姿を見ることができます。

そのため、ネイティブアメリカンは「聖なる山」として崇めていました。

そのマウント・シャスタに登った時のこと。

写真に写っている中央あたりにある「白い山」がマウント・シャスタの山頂です。

それを眺めながら、ご覧のように草や木があまり生えていない砂利と岩を登ってゆきます。

実は山頂がとても近くに見えるため、簡単にたどり着けそうにも思えますが…。

あまりに山が大きいため、ここからでも…多分「何時間」も要すると思われます。

わたしとパートナー、ガイドさんの3人は山頂を目印にしながら、「軽くハイキング」という感じで登り始めました。

この日は、超快晴!

まるで一枚の巨大スクリーンのように広がった青い空には、雲ひとつありませんでした。

風の音も鳥の声も無く、他に誰も登る人もおらず。

無音の中、燦々と降り注ぐ太陽を背に、ただ、3人の呼吸と踏みしめる砂利の擦れる音だけががあたりに響いていました。

登るにつれて、だんだん足が重くなってきて。

呼吸も苦しくなってきました…。

それでも、相変わらず青い空も山も静まり返っていて…、山頂も近づいては来ない…。

ピクリとも動かないその景色をずっと眺めながら登っていると…。

ふと、「この風景は”実在する”と思って登っているけれど、実は、これは”一枚の写真”なのではないか?」と思えてきました。

青い空と大きな山がプリントされた巨大な写真が、わたし達3人をぐるりと囲み、「映画のセット」みたいな世界にいるのではないだろうか、と。

その時、「”空(くう)”って、もしかしたらこんな感じかな?」と思いました。

そして、ずっと山の頂を見つめながら登っていると…だんだんと自分がどこにいるのかわからなくなってきてしまいました。

「もしも、いま、雲が現れ、風に乗ってそれが流れ、時々太陽を隠したりして、大地を照らす光の場所が刻々と変化するのを目にしたとしたら…」

不意にそういう想像をしてみたくなりました。

そして、それを想像した時、「ああ、空も太陽も風も山も全部動いている」って感じることができました。

すると、不思議なことに、それまで「わからなくなって」不安だった心に、安心感が生まれたんです。

「周りのものが動いて生きているなら、わたし達自身もリアルに存在している」という感覚。

その時「あ、そうなんだ!」と。

「生きている感覚」というのは、自分以外(この場合は3人以外)に何か対象物が存在し、それが動くことで得られる感覚なのだ、と。

そして、同時に、わたし達は世界を「彩るもののひとつ」なのだと感じました。

「青い空とどデカイ山の写真」だけでは「動き」が無くて、つまらない。

でも、太陽があって、雲があって、風が吹いて、草があって、木々が生えて、人が歩いて、喋り声が聞こえて、鳥が飛んで、さえずって…。

「つまらない写真の世界」がどんどんと彩られて、イキイキとして、楽しくなってくる。

この世界は「彩り」で満ちていたんだな。

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