意識が東京のホテルをバリ島に変える

「ガムランの音が聞こえる」

隣で横になっていたパートナーが言う。

ガムランはインドネシアの民族楽器。

ベッドから身体を起こし、耳に意識を向ける…。

「何も聞こえない…」と言うと、「ずっとガムランの音とともに、お香の香りもしている」とパートナー。

そう?

…わたしには何も聞こえない。

「…今は音がしなくなった」とパートナー。

ベッドから降りて、窓の外の景色を眺める。

東京出張のため宿泊しているホテルの窓から見えるのは、目の前のビルの屋上と、その向こうには沢山の雑居ビルや立ち並ぶマンションの姿が見えるだけ。

東京の、…しかも”防音されているホテルの窓まで響き渡るような音”と言えば、「騒音」に近いほどのとてもなく大きな音だろう。

バリ島のガムランごときじゃ、そんな防音を貫くほどの威力の音は出ない。

「バリの夢でも見たんじゃないの?」

そう言いながら、服を着替え始める。

…と、不意に「シャンシャン…」と音が聞こえた。

「あ、今聞こえた」とわたし。

「そう。これこれ」とパートナー。

「何の音だろう?」と着替えもそこそこに窓の外を眺める。

耳を澄まし、注意深く、その音を聞いていると…。

「シャンシャン…」と金属のようなものがぶつかり合う音とともに、ドドドド…と重機の音が…。

ガムランじゃなくて、これ、工事現場の音だよ。

「…そうか」とパートナー。

その瞬間、今まで彼が見ていた”バリ島ウブドの街”は消えた…。

「お香の香りまでしていたのに…」と言いながら、パートナーも起き出し、”今日の仕事のための準備”モードに切り替わった。

人間の思考って面白い。

同じ一つの音を聞いても、その正体がわからず、「この音はなんだろう?」と考えた時、頭の中から「似たような音の経験」を探し、それと結びつけるようだ。

パートナーはベッドで横になりながらその音に気がついて、ガムランと結びつけた。

「正解」「不正解」を超えて、意識は”結びつけられたものの世界”を体験することになる。

ガムランの音に誘われて、彼の脳裏には、お供えものを頭の上に乗せて歩くバリの女性たちの姿や、毎日仕事の前に祭壇に祈りを捧げる姿が浮かび。

それとともに、実際には東京のホテルのベッドで身体を横たえながらも、彼の意識は遠く、バリ島ウブドの街を歩いていたに違いない。

”嘘”とか”夢”ではなく、その時間、彼の意識はリアルにバリ島を体験していたのだと思う。

バリ島の日差し、湿気や街中に漂うお香の匂い…。

何もかもを体験し、それらの感覚が、彼を心地よいまどろみの世界にとどまらせていた。

多分、パートナーはバリ島のウブドのゲストハウスで寝ていたのだ。

だから、音が聞こえていながらも、彼は起きようとはしなかったのだろう。

でも、もし、その音を聞いた瞬間、「工事現場の金属音」だと認識していたら、まったく違った反応をしていたに違いない。

「一つの音を聞いて何と結びつけるのか?」で、体験も、その後の気分もまったく違ったものになっていくから、不思議だ。

そして、どこにいても意識は”身体のある場所”に限定されることなく自由に、思い描いた場所をリアルに感じることができるのだな。

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