パワースポット「マウント・シャスタ」はなぜ信仰されるのか?

ガイドの晴子さんの車に乗ってマウント・シャスタ(シャスタ山)の五合目へと向かう。

マウント・シャスタの2200メートルのあたりに位置している、登山口「バニー・フラット・トレイルヘッド(Bunny Flat Trailhead)」

今までホテルから、街から…と遠くからマウント・シャスタを眺めていたけれど、いよいよその山肌を直接感じることができる最高のスピリチュアルスポットへと向かうのだ。

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なぜ信仰されるのかが一目で理解できた圧倒的な存在感「聖山シャスタ」

シャスタに来るまで、なぜ「マウント・シャスタ」は”世界七大聖山」と呼ばれるほどの聖地なのかが、よくわからなかった。

確かに山の頂に雪を乗せた姿は、日本一の山「富士山」とも似ていなくはない。

でも、シャスタの玄関口レディング空港へ降り立った途端、それがすぐにわかった。

「もしかしたら、あれが噂のマウント・シャスタ?」

明らかに周囲と全く違う姿をした山を発見。

ガイドの晴子さんにお聞きすると、「そう。あれがマウント・シャスタ」と。

一目ですぐに”それ”とわかるくらい、圧倒的な存在感。

その瞬間、なぜマウント・シャスタが特別で、ネイティブ・アメリカンの信仰の対象だったのかが、理解できた。

わたしが現在住んでいる岐阜市の中心部にも、頂上にお城がある金華山という山があります。

マウント・シャスタと比べたら”山”と呼べない小ささで、スケール感としては天と地ほどの違いがあるのですが…。

地元の人が散歩したり、紅葉シーズンには写真を撮る人がたくさん訪れたり、パートナーの自転車のクライムの練習の場になっていたり、すごく愛されている山なんです。

わたしにとっても金華山は特別で、東京に住んでいた頃、たまに帰省するときに電車からこの山が見え出すと「帰ってきた」という気分になり、ホッとしたものです。

その”安堵感”が高じて、去年”この山が見える場所”に家を建て、わざわざ関東から引っ越したくらい(笑)

「山」は比較的遠くからも見えるので、そういう「安心」だったり「自分の居場所」だったりのシンボルになりやすいのだと思います。

しかも、マウント・シャスタは日本の富士山(3776メートル)よりもさらに高く、標高4322メートル。

カナダ、アメリカカリフォルニア州にかけて連なるカスケード山脈で2番目に高い火山です。

カスケード山脈には古くからアメリカ先住民族が暮らしていたそうなので、きっと毎日この山を眺めて生活していたのだと思う。

わたしが金華山を見て安堵するように、日本人にとっては「富士山」、この辺りに住んでいた先住民にとっては「マウント・シャスタ」なのだろう。

バニー・フラットでマウント・シャスタの山肌に触れる

シャスタツアー1日目の今日、マウント・シャスタ五合目にあたる登山口「バニー・フラット・トレイルヘッド(Bunny Flat Trailhead)に来た。

シャスタはシャスタ山を中心として、強力なパワースポットが広がっている。

ここは、よりディープなエネルギーを受け取る前の、いわばシャスタの神へのご挨拶の場所だ。

石で標された登山道を歩く。

まばらだけれど、まだ大きな木があり、その間をぬうように進みます。

途中、ひらけた場所に、ストーンサークルがあったりするのだけれど…。

別に「ネイティブ・アメリカンと関係がある」とか「儀式の後」とか…ではなく、最近、誰かが作ったものなのだそうです。

数人の人とすれ違うものの、本当に静か。

パワースポット「マウント・シャスタ」の山肌に寝転んでみる。

仰向けに寝転ぶと、燦々と降り注ぐ太陽の光が眩しい。

それを帽子で避けて、しばし目を閉じて、静けさを楽しむ。

20分くらいした後、晴子さんに「車で登れるところまで登りましょう!」と促され、車に乗り込み、車でアクセスできる最高の場所、「オールド・スキー・ボウル・トレイルヘッド」へ。

マウント・シャスタで感じた異次元

ここまで来ると、岩山な感じで、急に木が少なくなる。

足場も「土」ではなく「砂利」な感じでゴロゴロとして滑りやすい。

「少し上に行ってみましよう」と晴子さん。

結構、見た目よりも傾斜がきつくて、足にくる。

山の頂を見ながら登る。

快晴で澄み渡った青い空はまるでスクリーンのよう。

風もなく、遠くに見える針葉樹も揺らぐことなく静止したまま。

空に雲でもあれば、その流れに”時の流れ”や”動き”を感じられるのだが、360度雲が見当たらない。

5分歩いてカメラのシャッターを切るも、世界はさっきから微塵も動いていないように感じられる。

空も山も岩も、まるで「これは写真ではないのか?」と思うくらいリアル感がない。

もしかしたら、すべてはスクリーンに映し出された風景写真で、それを見ながら自分だけが動いているのだろうか?…とすら思えてくる。

音もない。

あまりにその”何もなさ”が広大すぎて、一瞬、方向感覚がわからなくなる。

「わたしはどこにいるのだろう?」

…遠く離れたところに晴子さんを見る。

わたしの下を歩いて上がってくるパートナーを見る。

彼らが動いている様子で、少し現実感が戻ってきた。

岩場で休憩しながら再び空を見上げる。

雲ひとつなく快晴すぎて、…ずっと見つめていても、何も動きを感じられない。

”空”というより”くう”だ。

この”何もない世界””くう”に以前は憧れを持っていた。

「瞑想して、こんな”何もない状態”に慣れるといいな」と思っていた。

…でも、雲ひとつない”動きのない世界”にはリアル感がない。

そして、ずっと変化しないものを見続けていると…、飽きる。

眠くなる。

休憩し始めてもう何分も経っているのだとは思うのだが、空も岩も山も相変わらずシーンとしたまま、微動だにしない。

「そろそろ、行きましょうか?」と晴子さん。

「そうですね」と言いながらパートナーが立ち上がる。

すると、今までピクリとも動かなかった写真のように平面だった空が、岩が、山が、急にイキイキと動き出し始めた。

その”動き”が、”何もない世界”に彩りを添えるかのように感じた。

”動き”とともにリアル感が戻ってきた。

元来た道を戻る時、何人かが登ってくるのが見えた。

どんどん現実に戻っていく。

車に乗る時、マウント・シャスタの頂を見上げた。

まるで異次元の世界に迷い込んだかのような感覚を味わえたのが、ちょっと面白かった。

これがパワースポット「マウント・シャスタ」か。

シャスタの”秘密の丘”でレムリアに思いを馳せる

2018.11.11
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