ネガティブをポジティブに変えなくていい!なにが起こっても絶対幸せでいる法

最近、自分が追い求めている「幸せの正体ってなんだろう?」って考えるようになった。

そんなことを急に考え始めたのには、ちょっと不思議な出来事に遭遇したから。

先日、パートナーが150万円相当のライカカメラを社長からプレゼントされた時、わたしはとても興奮していました。

今まででもっとも大きなポジティブな瞬間!

まるで自分がプレゼントをもらったかのように、鼓動は高鳴り、胸がキューッと締め付けられて…。

目は大きく見開き、カメラを凝視したままで、あまりの鼓動の早さに体がついてゆけず息苦しくなり、汗が吹き出してきたり、手足がしびれたり…。

でも…、あれ?

なんだかヘン。

この感じって、なんだか「あれ」に似ている。

人生でもっともネガティブだと思っていた時の感覚、「恐怖」を体験した時となんだか似てる。

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ネガティブもポジティブも似たようなものだった

体の感覚や反応、心の動きが、もっともポジティブなはずの「喜びの興奮」がもっともネガティブなはずの「恐怖」と、まるで同じじゃないか?!

心臓の鼓動が大きく感じて、ピリピリと身体中に電気のように緊張感が走り、汗が吹き出し、体が固まって動かない。

胸が痛くなって、呼吸困難に陥りそうなほど苦しくて、血の気が引いて倒れそう…。

この状態になる前に「パートナーが一番欲しかったライカカメラを社長からプレゼントされる」という文脈があるからこそ、「今感じているこの感覚、感情は喜び、興奮だ!」と思える。

でも、例えば、この状態になる前に「誰かに追いかけられている。今にも捕まりそう!」という文脈があったとしたら、この感覚は「危機」として認識され、「恐怖」という感情としてラベリングされるだろう。

さらに、前後になんの文脈もなく、ポンと「今ここ」のこの場面だけを取り出したら「ネガティブ」「ポジティブ」どちらのラベルを貼るか、判断に迷ってしまう。

ポジティブな感情とかネガティブな感情などというものは、心拍数とか血圧の上昇を認識して、今の文脈を加味して自分が貼りつけたラベルでしかない。

このシステムが備わっているから、人間は危険か安全かを瞬時に判断し、自らをいつも最適な状態にコントロールすることができる。

ネガティブな感情もポジティブな感情も、どちらを感じたから良いとか悪いとかというのはない。

両方を感じることがあって人間は成立している。

ネガティブ、ポジティブ、どちらの感情も感じられることがすごく大事。

夢を叶えてもまたすぐに生まれる「欠乏感」は「真の幸せ」に気づくきっかけを与えてくれた

最近、夢がたくさん叶っている。

パートナーの夢「ライカカメラを手に入れたい!」も、わたしの夢「地方都市にかわいい一軒家を建てたい!」も、今建築中でもうすぐ完成する。

すごくワクワクしている。

すっごくポジティブな状況だと思う。

だけど、「これを達成したら満足で、終わり」はなくて、どんどん「それ以上のもの」を目指している自分がいたりする。

「一生安心して暮らせるだけのお金が欲しい」とか、もうすぐ発売の「iPhoneXが欲しい」だの、それはもう数え切れないくらいの欲望が後から後からとめどもなく溢れ出てくる。

手に入れても、手に入れてもすぐに「でも次は手に入れらえないかも」と、不安の感情がやってくる。

そして、何かを手に入れることで「あ、わたしはまだまだ幸せだ。心はポジティブな状態にある。安心」と、自分にいちいち証明しているような気がしてきたのだ。

夢を見て追いかけて獲得、また夢を見て追いかけて獲得…、これじゃ生きている間中、何かを追いかけて獲得し続ける人生だ。

もっと得たもので満足感を味わいたいのに、また新たなものを目指すのかと思うと、辛さすら感じる。

「ポジティブなループ」のはずなのに、まるで「ネガティブなループ」を繰り返している気分だ。

まるで、すっごく狭い場所にギュウギュウに閉じ込められたみたいで窒息しそう。

自由になりたい!

そう思いながらオラクルカードを引いた。

「31.動機」と「16.光るもの全て金ならず」というカード。

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「欲しい」と感じたり「あんなことがしたい」と思ったり、その動機を理解すると本質がわかります。

うわべでなく内面を見る必要性。

飾り立てたり、きらびやかな新しいものを追い求める、移り気。

表面のきらびやかさが消えたら、あなたはどうするのか?

あなたはまだその人やものを欲しがりますか?

今の心情そのままのカードだ。

そのカードのキーワードに導かれるように、一冊の本と出会いました。

なにが起こっても、「絶対幸せ」でいる法
ロバート・シャインフェルド
ヴォイス
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この本をパラパラとめくった時に見えた、「第1章 すべての行動の陰に隠されている動機」の「動機」という文字がシンクロしていたので、購入してみました。

その章にはこんなことが書かれていました。

魔法使いジーニーが言いました。

「3つのお願いを叶えて差し上げましょう。ただし、一つだけ条件があります。なぜそれを願うのか?正確に教えてください」

わたしも欲しいものを問いかけ、なぜそれが叶うのを願っているのか、自分自身に質問してみました。

「あなたは何が欲しいですか?」

一生安心して暮らせるだけのお金が欲しいです。

「どうしてそれが欲しいのですか?」

そうすれば心配がなく、好きなことだけをして暮らせるからです。

「なぜそうしたいのですか?」

自由になりたいんです。

「自由になったら何をあなたは得られるんですか?」

…幸せかな。

「じゃ二番目に叶えたいのは?」

iPhoneXが欲しいです。

「それが手に入ったら、あなたは何を得ますか?」

う〜ん。最新マシーンなので、持っているとテンションが上がります。楽しいです。

「楽しいと何がいいんですか?」

やっぱり、幸せだからかな。

同じように手に入れたライカカメラも一軒家についても同じ質問をしていみましたが、「欲しい動機」を深く掘り下げていくと、結局、その会話が行き着く先は「幸せになりたい」という感情でした。

「本当に」自分が望んでいるのは、願い事のリストにあるものではなく「幸せになりたい!」という感情。

手を替え品を替えても、何回もこの感情を味わうために「夢を追いかけて獲得」を繰り返していたんです。

一生感じていられる「真の幸せ」は、どうしたら手に入るの?

驚くべき幸せの正体!「真の幸せ」はもうすでに誰もが経験していた!

「幸せ」の定義はぼんやりしていて、ぼやけていて、不正確なものです。

目標が何なのかわからないのにそこへ到達することなど出来るでしょうか?

現在、あなたが継続的に「真実の幸福」を経験していない主な理由は、あなたが一連の嘘や幻想、ストーリーを「真実」だとみなしているからです。

先ほどのライカカメラをプレゼントされた時、わたしが感じていたものは「心拍数の早さだったり、胸を突き上げてくる波の強さだったり、血流の上がり下がり」などです。

その前の文脈に「欲しかったライカカメラがプレゼントされ…」というストーリーがあるので、その文脈に沿ってその心や体の反応から「喜びの興奮」という感情のラベルを貼り、認識しただけでした。

でも、本当に感じていたのは、心拍数の早さだったり、胸を突き上げてくる波の強さだったり、血流の上がり下がりという感覚。

実はこの「心拍数の早さだったり、胸を突き上げてくる波の強さだったり、血流の上がり下がりという感覚」や「動く波のようなもの」が「幸せ」の正体なのです。(え?そんなもの?!)

何か経験をすると、心に感じる波がさざなみになったり、大きくうねったり、心拍数の早さも大きかったり小さかったり、体もそれに反応して熱くなったり冷たくなったり。

様々な経験をして、様々な感覚を楽しむために人間はこの世界に生きている。

言われてみると、スリルを求めてジェットコースターに乗ったのに真っ平らな道を走られたのでは、すっごくつまらない。

映画も、起承転結のない映画は、きっと観るに耐えないでしょう。

感情の大きな変化は誰もが体験していることですが、それを「幸せ」というふうにとらえたことはありませんでした。

「喜び」や「悲しみ」などラベルを貼る前の純粋な生の経験が「真の幸せ」

ジェットコースターで「怖い」も、ロマンチックな映画で「うっとり」も、どれも経験している最中では、その感情をそのままに感じています。

これが「真の幸せ」を感じている状態。

これは難しくなく、誰もが人生ですでに経験している感覚。

映画を観ている時は「冒険」も「悲しみ」も「苦しみ」も喜び」もちゃんと冷静に眺めて、どんな心の波も受け入れている。

ポジティブもネガティブもいろんな感情を楽しめて、すべての感情を味わって、最後、終わる。

それは「これは映画の中のストーリであり、ー疑似体験なのだ」「本当に起こっているのではない」と知っているから、たとえどんな怖いホラー映画を観たとしても、ただ味わって終わる。

そして、その感情を引きずるのも少しの時間で、あとは自然に消えてゆく。

でも、映画のストーリーがそのまま自分自身に起こってきたら…、途端に過去に原因を探したり、未来に不安を抱いたりして、悲しくなったりしてしまう。

もし、映画「リング」の「貞子」がリアルに出てきたら、怖くて生きた心地がしない。

あとあと「トラウマになる!」というくらい恐怖。

しかし、わたしたちが「現実」だと思っている世界も「真実」だとは限りません。

わたしたちの想像だったり、思い込みだったりが入っている、つまりは創り上げたストーリーを「現実」と思い込んでいるのかもしれないからです。

「現実」と言っている世界も「創造ストーリー」なのだから、すべての出来事はただただ感じるだけにすれば、エンターテイメントを観た時のように「真の幸せ」にたどり着けるかもしれません。

何を経験しても、いつも幸せ。

でも、自然にそういう目で経験を観られるようになるには、ちょっとした訓練が必要。

「悲しみ」と「喜び」という感情は似ている、「憂鬱」と「平穏」が似ている、という感覚が起こってくると、起きてくることを「ストーリー」というレンズを通して目にしている状態から、起きていることを「真実のレンズ」を通して観ている状態に移行します。

どんなものでも感情を経験するたびに、心の内側を覗き、観察し、純粋な生の経験からストーリーが離れるまで待ちましょう。

うんうん。確かにわたしも「喜び」と「恐怖」は同じような感覚だと感じたばかり。

じゃ、これはある意味、順調に「真の幸せ」を感じることへの入り口なのね。

この書籍「何が起こっても『絶対、幸せ』でいる方法」は無理矢理、「この現実を幻想、ストーリーだと思え」「感情を感じるな」ということではない。

  • 起こったことはすべて判断せずに観てみる
  • その感情が消えるまで観てみる

この二つを繰り返す。

すると、だんだん起こってきた心の中の波とストーリーとを分けて見られるようになる。

やがて、なにが起こっても「真の幸せ」でいられるようになる。

その実践方法とプロセスがこの本には書いてありました。

しかも「読み飛ばしや斜め読み禁止!」という注意書き付きなので、ゆっくりと読むことが大切。

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