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無意識の行動に隠れた心理に気がついた日

無意識の行動に隠れた心理に気がついた日

プラユキ師の個人面談の時に、わたしの見た夢を診断していただいたことがあります。

その時に、「夜見る夢の登場人物も、実は自分で、相手が話していると思っていても、自分が話していたりするんだよ」とお聞きしました。

それで、この間見た夢が妙に心にひっかかたので、夢診断をしてみることにしました。

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本当に怖かったのは父ではなく…

先日、ブログで書いた「父との関係」で、「岐阜に来たら、お前、外で働くんやろ?」と言われた日の夜、夢を見ました。

「父との関係」について書いた先日のブログはこちら↓

人間関係にまだビビってるの?気疲れしない方法で心を自由にする

夢の中のわたしは、なにか大きなイベントを終えて、「ふぅ」と一息ついて、ゆっくりしようと思っていました。

ところが、小学校中学校と同級生だったMちゃんが現れて、「イベントの仕事が予定よりも早く終わったのなら、学校へ行かないと!」と。

「え?学校????」

わたし学校に行ってたの??

夢の中での自分のキャラクターや環境設定は、現実のものを引き継いでいるわけではなかったりします。

それでもいつもなら、「あ、こういう人なのね」という設定が瞬時にわかるのですが、今回はなぜかわからない…。

「そろそろ高校に出席しておいたほうがいいんじゃない」とMちゃん。

え?高校??

わたし、高校生なの??(なんだかピンとこない)

それでも「高校生」と言われて、ものすご〜く考えたんだけど、高校に行っていた記憶が無い…。

モタモタと考えているわたしを見かねて、「あまり休みすぎていると、出席日数が足りなくて高校を卒業できなくなるよ」とMちゃん。

「え?わたし、休みすぎている???卒業できない???」

そういえば、ずいぶん長い間、学校に行っていない気がしてきた…。(現実的にも、学生なんて三十うん年も昔のことだし)

う〜ん。「高校へ行っている自分」が記憶に無いんだけれど…。

そう思いつつも、「卒業できない」と聞くと、なんだか急に、学校に行かなくてはならないような気分になってきた。

えっと、どうしよう…。

もうお昼過ぎでしょ?

今から持ち物揃えて…、着替えもしなきゃだし…。

「わたし、何を持っていけばいいのかしら??」

あ〜、心臓がバクバクで頭が混乱してきた〜(泣)

えっとえっと、とりあえず体育の服装と…。

と言いつつタンスの中の洋服をひろげて、体育の服を探す。

わたしの思い描いた体育の服は、学校指定の「校章」がついたヤツで、ジャージの色もデザインも学校指定のもの。

服を一着一着確認するけれど、体育の服が見当たらない。

どうしよう。あれがないと学校に行けない。

一着一着、調べる。

…ない。

体育の服を忘れたとも思われたくないし、先生に怒られたくもない。

目立っちゃうから、ひとりだけ違う服は着たくない。

泣きそうになりながら、必死で体育の服を探す。

どうしよう。どこにもない!!

探しているうちに、時間ばかりがどんどん経ってゆく…。

そのうち、ふと、疑問が湧いた。

こんなに探しても無いなんて…、本当にわたしは高校生なのか?

なんたって、わたしには話の初めから「高校生」という実感がなかった…。

言われたから、そう思ってしまっただけじゃないのか?

それに、学校に長いこと行っていないなら、なにも今から焦って行かなくてもいいのでは??

少なくとも、「学校」を意識していなかった、イベント終了時までの自分は、「ゆっくりしよう」などと、のんきだった。

それが、人に言われて実感もないのに、急に焦ってるのって、なんだかヘン。

人の言ったことに振り回されてる。

そう思った時、目が覚めました。

わたしは、小さい時から集団生活とかグループ活動とかが苦手でした。

学校でも「できない子」で、真面目な両親は「どうしてそんなに心が弱いんだ?!社会は競争なのだから、もっと頑張らないと生き残れないぞ!」とよく言われました。

夢の中の「学校指定のお揃いの体育の服」は、集団生活(学校や会社、コミュニティー)のカラーだったり、共通する概念だったりの象徴のような気がしました。

それを探して回るのだけれど、どうしてもみつからない。

でも、よく考えたら、「制服」よりも「体育の服装」は、学校生活「すべて」ではなく、たった1単位1コマの授業で、全体のほんの一部にしかすぎないんですよね。

1度や2度、違う服を着て行ったからといって、「洗濯したら乾きませんでした」くらいの言い訳も通じるくらい。

それでも、夢の中のわたしは「一部でも許されないんだ!」と思い込んで、「行けない」と決めてしまっていました。

両親のことを「真面目」だと言ったけれど、わたしも相当、柔軟性がない(笑)

そう思った時、ふと、ひらめきました。

今まで、わたしは「父が怖い」と思っていました。

でも、本当に怖かったのは「父」ではなく、集団生活や仲間といったコミュニティで「他人からどう見られるか?」が怖かったのではないか?と。

「父にわかってもらえない。いつも怒られて、否定され、嫌われている」と思っていたのは、「社会から拒絶されている」というわたしのイメージを投影していたのかもしれません。

いや、もしかしたら、その逆で、「父に認められていない自分」というのを、「学校」や「会社」に投影していたのかもしれない。

いや、卵が先か?鶏が先か?というくらいどちらでもいいのかも。

みんなと少しくらい違っていても、父とは価値観が違っていても、それを「悪」としてでなく、「個性」として自分自身がとらえることができれば、ここまで「恐怖」を感じることはなかったかもしれない。

世界と関わるキーワードは「オープンハート&オープンエンド」

「気づきの瞑想」はオープンハート(固定観念や思い込みでものごとを見ない、決めつけない)&オープンエンド(目標、着地点、特定のゴールを設定しない)のが大切だと、プラユキ師に教えていただきましたが。

わたしと父の関係にも、それが当てはまる気がする。

振り返ってみると、いつも「話してもわかってもらえない」そういう気持ちを持ったまま、父と話していました。

無意識のうちに、「わかってもらえない状態」のゴールを設定していたんです。

そして、結果はその通り。

「はいはい。やっぱりね」と言いつつ、拗ねていた…。

あらら。

なんだ、わたしの思考のクセじゃん!

そう思ったら、なぜか、わたしの口元が「ニンマリ」と笑っていることに気がつきました。

「夢子ちゃんから少しづつ現実的になってきたから、きっとお父さんとの関係も変わってるよ」

個人面談の時のプラユキ師の言葉が心によぎります。

さらに一枚、夢見る夢子ちゃんの皮がはがれたかな。

夢診断。新たな発見があって面白かったです。

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COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 2 )
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  1. この世界も夢で、自分が創造していると言われますね。夜見る夢と同様に昼見る夢も出てくる登場人物は実は自分なのだろうと思います。
    夜見る夢を実際に見ている時には「自分が作っている」とは到底思えないように、昼見る夢も見ている時にはとても「自分が作っている」とは感じられないですが・・。

    でも、夜見る夢も「これは夢だ」と気付くと、自由に動けるようになる。昼見る夢もきっと同じでしょうね。
    「この世界が夢で自分が創造している」なんてあり得ない事のようですが、奇跡的な引き寄せや、所謂物理法則を無視した様々な現象や奇跡を考えると、やはり「自分で創っている」んだろうなと思います。

    • ラリマー様
      コメントありがとうございます。

      「夜の夢」は夢だと思えても、「昼の夢」はリアルすぎて、夢とは感じ難かったりします。
      夜の夢は起きて、覚めることができても、昼の夢はなかなか…。
      「夢の中の登場人物は全部自分なんだよ」とプラユキ師に言われた時、かなりびっくりしました。
      教えていただいたことをひとつづつ、生活の中で、検証している感じです。

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