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気づきの瞑想を三日坊主で終わらせないために

気づきの瞑想を三日坊主で終わらせないために

昨年の12月にパートナーに連れられて、タイで出家した日本人僧のプラユキ・ナラテボー師の瞑想レッスンにはじめて参加しました。

拍子抜けするほどとっても簡単で、日常のすべてを瞑想にしようと思えばいくらでもできるくらい、素晴らしい瞑想法だと感動すらしました。

プラユキ師の気づきの瞑想レッスンに参加してきました

そして、「この瞑想を続けていきたいな」という気持ちになりました。

でも、わたしの三日坊主の性格上、ちょっと日常が忙しくなると続かないんですよね…(悲)

感動したことも3日経てば人間(あ、わたしだけか?)は忘れちゃう。

もっと、わたしと「気づきの瞑想」をディープに結びつけるものはないだろうか?

そんなとき、「気づきの瞑想」に導かれたプラユキ師の人生の物語を読むことを思いつきました。

大学生時代の事からタイに出家し今に至るまでの、師の感じた思いや体験を読んでみると、その中での「共感」や「気づき」がわたしに「瞑想をする意味」を与えてくれるような気がしたのです。

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気づきの瞑想が日常になったらこんなふうに感じるのか!

読んだ本は、「気づきの瞑想」を生きる。

「気づきの瞑想」を生きる―タイで出家した日本人僧の物語
プラユキ・ナラテボー
佼成出版社
売り上げランキング: 94,510

この本の「二章 山寺の朝」で描かれたプラユキ師のタイでの日常。

それを読んだ時に、言い表せないくらいの衝撃を受けました。

午前3時。

目覚める。だがすぐには起き上がらない。まず身体の姿勢を確認してみる。起きがけの気分を味わってみる。ゆっくりと一通り身体をスキャンする。

頭から始めて足のつま先まで。丁寧に今ここに生じている感覚を感じ取る。

痛みや違和感がある部分には、少しの間そこに意識をとどめる。さらにじっくりと感じてみる。

しばしの間、みずからの身体や気分に触れ合ったあと、ゆっくりと身体を起こす。

姿勢を正して深呼吸を数回。

鼻孔を通過する朝の冷気。その流れを見守りながら、感触を感じ取る。

横隔膜や膨らむお腹。その動きを見つめ、生じてくる感覚を味わう。

息が調ったら、縁側に出る。

手の動きを観察しながら歯を磨く。

命を支える水は節約必須。

これだけを読んだだけで、わたしのイメージする「理想的な生き方」で、興奮しました。

読んでいるだけで、穏やかさや光を感じる。

こんな風に生きることができたなら、日々はとても新鮮で、毎日がとても輝いていくのではないだろうか。

師の文章がとても上手いからなのだろうか?

強くそう思えました。

さらに、タイのお寺に入りたての頃、思いつきで、プラユキ師がわざわざ蚊に刺されながら瞑想をするという、(タイではマラリアの心配も無きにしも非ず)命が危険なくなるくらい結構無謀な体験をされたことも、初心者っぽくて興味深い。

蚊に刺される不快は嫌悪に。そして次の瞬間怒りとなり暴言暴力へとオートマチックに連鎖反応を起こしてゆく。

イエスの「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」も、今ここの気づきをうながす訓練のようにも感じた。

「愛」を唱えたイエスに倣って、蚊が刺してきたら「愛してるよ」とつぶやいてみた。

他に与えるという「愛」を実践している時には同時に自我を失っている。

愛とは自我を取り除いてくれる営みである。

AというコップからBというコップに水が注がれている。

次第に水が減り「空」になっていくAのコップに注目したのが仏教。満たされていくBに注目したのがキリスト教であるかもしれない。と感じた。

読んでいる私も、疑似体験をした気分で「なるほど!」と思ってしまったりしました。

さらに瞑想時に出てくる「影の取り組み方」や「中道」についてなど、「気づきの瞑想」を実践する上で知っておきたいことが、とてもわかりやすい言葉で書かれていました。

もしかしたら、プラユキ師の本は、これ一冊を読めばパーフェクトなのではないか?と思えるくらいわかりやすい。

さらに、この本の中に「気づきの瞑想によって重度の障害を越えたカンポンさん」という方が紹介されており、「ついでに」と思って読んだのだけれど。

「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方
カンポン・トーンブンヌム 上田 紀行
佼成出版社
売り上げランキング: 260,637

この「気づきの瞑想で得た苦しまない生き方」という本。これもすっごくいい!!

カンポンさんは、在家信者のかたで、元々は体育の教師を仕事とされていました。

ある日、プールに飛び込んだら打ち所が悪く、全身麻痺になり、寝たきりになってしまいました。

動かせるのは、顔の表情とわずかに指先だけ。

その状態は現在でも続いているのですが、「気づきの瞑想」を実践し、心の幸福を手に入れられた方です。

この「気づきの瞑想」もカンポンさんの場合は通常のように腕を動かしたり、足を動かしたりできるわけではなく、眉毛を上下に動かしたり、目を見開いたり、わずかに動く指先だけで、されるのです。

それなのに、カンポンさんの発する言葉が、すごく慈愛に溢れていて深いんです!

ただ心の苦しみの量を減らしていくだけで、心に穏やかさ、そして安らぎが広がってゆきます。

これが幸せというものではないでしょうか。

「今ここ」に気づく努力を図ってみると。たとえ自分の内側や外側でどんなことががあろうとも、わたしは、いまここにいる。

苦しみの無い世界に住んでいるのだということに気づかされます。

わずかに動ける部分を総動員して瞑想して、こんなふうに感じられるのは驚異的!!

「気づきの瞑想」を実践し続けると、こんな風になれるのだ。

わたしもカンポンさんのように、どんな状況でも、それがたとえ寿命が尽きる最後のその瞬間であっても、人生の最後の最後まで幸せを感じていたい!と思いました。

「気づきの瞑想」のことを知るにはこの2冊があれば、十分な気がしました。

プラユキ師の本は瞑想の実践本としてもすごくよくできているし、何と言っても体験談を交えて仏教についても書かれているので、理解が深まります。

そして、カンポンさんの本では、ダイレクトに「気づきの瞑想を実践したらどうなっていくのか?」が、時系列に、その時持った悩みとか、どんな様子だったか?が書かれていて、「瞑想効果」を知りたい人にはオススメです。

この2冊は私の生涯のバイブルになりそうです。

また、この本を読んでみてプラユキ師のお寺の瞑想合宿とか参加してみたいなぁ、と思いました。

タイのお寺まで行くのが大変そうだけど…(汗)

おかげで自分なりに「瞑想する必要性」という意味づけができた気がします。

これで三日坊主にはなりにくい…かな?(笑)

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